身体を動かすことによって、心と身体が整い運動を習慣化することによって、心も身体も元気になって動きやすくなります。
さらに、周りの人に愛をもって健康を伝える人が増えて身体を通して、優しい気持ちが湧き上がります。
幸せなコミュニティーがたくさんできます。人生100年時代の基盤は健康であること。
豊かな人生を送れる世の中へ。
 
運動した後の心地よさを体感してもらいそれによって自分の身体と向き合え自分の身体が愛おしく思え、そして整えるように導きます。
調子の良い状態を作るには運動を習慣化することです。
そうすると心と身体が整います。
みんなが周りの人にそれを伝え、コミュニテイーを作ります。
そんなプログラムを開発し、愛を持って伝えます。
ナチュリラ・フィット代表
井門恵理子
(公社)日本フィットネス協会代議員
愛媛県フィットネス協会会長
NPO法人健康づくり推進機構B T B理事
(公社)日本フィットネス協会 
◯G F I ディレクター・エグザミナー
(一般財団法人)日本コアコンデイショニング協会
◯マスタートレーナー
メンタルパワーパートナー協会 
◯メンタルパワーパートナー
乳がん啓発運動指導士
 
~ 経歴 ~
 

1961年 松山市生まれ
はじめまして、井門恵理子(いどえりこ)です。

2021年に還暦を迎えました。
アラカンからの身体づくり、若々しく颯爽と動けるシニアに向けて皆さんを導き自分も楽しもうと思います。

私の仕事は、運動を通じて皆さん自身に、気持ちのいい身体を感じてもらう事。
頑張りすぎて、普段の癖で不具合を感じながらも、その身体が普通と思っているかもしれません。
身体を動かすと、普段より痛い、硬い、重い、軽いと言うような感覚を感じ易くなります。
それは、身体の感性のスイッチを押しているからです。
運動経験がない方にも、わかりやすくお伝えします。

子供時代〜

私自身の踊る人生のルーツは、小学生から中学生まで10年間習ったクラシックバレーです。
踊る事が大好きな少女でした。
今でも舞台の匂いとあの緊張感は、自分をフロー状態に導いてくれます。
何よりも踊ることを優先していた子供時代でした。
高校に入ると、ダンスと関係する新体操部へ。
上手くなるには、踊ることに加えて、体力、筋力、道具を操る能力が必要でした。  
なぜか交換のボールが届かなかったのです。
この時代の身体感覚の不具合の意味をこの仕事をすることで知ることになりました。

大学時代から、OL時代

卒業後、国立愛媛大学法文学部に入学しました。 
ダンス以外の進路を考えての入学でしたが、半年で後悔。
体育関係の転部を望むも叶わず、結局学業ではなくモダンダンス部で、ダンス三昧の学生生活。
アルバイトで、学生ながらジャズダンスやエアロビクスを見様見真似で指導。
この道を予感していたのかもしれません。

卒業後 SPCタウン情報松山にて営業職を経験し、少しの期間でしたが、社会の仕組みをここで教えてもらいました。 
当時流行り始めたエアロビクススタジオの運営を打診されて転職。
OL時代の経験が、24歳の自分のバイブルとなりました。

この24歳から、私のフィットネスインストラクターとしての人生が始まります。
本物を教えるという意味で、しっかり学ぶつもりで四国から1人上京。
東京のスタジオLA武田美智子先生の養成コースを卒業して帰松後、AJEXエアロスタジオをオープンしました。
愛媛の土地にエアロビクスを広げる仕事が始まりました。
2000名の会員をかかえ、とにかく猛烈に働いたエアロスタジオ運営の16年間。
愛媛のエアロビクスイベント、指導者育成にも力を入れ、エアロビクス普及に猛進しました。
愛媛県エアロビクス協会を立ち上げ、協会運営にも尽力しました。

プライベートでは、27歳で高校の同級生と結婚し4年後に男の子を授かりました。
出産1ヶ月前までスタジオで指導をしていましたし、産後2ヶ月で復帰し子育てと家庭の狭間でとにかくよく働き、家族の協力を得て30代はエアロビクス人生でした。

そんな中、40歳で病気が発覚。
身体のことを考えはじめ人生のリセットを決断。
それはスタジオを閉館することでした。

40歳から

2001年AJEXエアロスタジオを閉館後、地域の運動指導に軸足を移し、地域の健康支援を主な活動としました。

本当に運動を必要としている人は、地域の中いる。
遠い山奥の小さな集会所でのお仕事など、高齢者が運動機会を通して元気になっていかれること、婦人会や老人会が主催してくれる教室に呼ばれて、一期一会であろうと、しっかり運動の必要性を感じてくれること。
今でも、そういう仕事に出向くことが大好きです。

地域の健康教育、研修事業についての講演ほか、健康イベントの企画など、学校から自治体まで、幅広い分野で健康と運動の大切さをわかりやすくお伝えしています。
一方、1人の運動指導者としての限界も感じ、地域の仕事を企画運営することが、住民の健康機会を増やす事でもあると、「NPO法人ヘルスプロモーションネットワーク」の理事長を10年務めました。
自治体からの介護予防、メタボ予防などの受託、大学との連携での研究事業など、地域に密着した健康づくりを広げてきました。
地域の特徴や行政の仕組みに精通すること、それを地域の健康コミュニテイーづくりに繋げることを実践しそして実績を積みました。
その講座を受けたシニアの卒業生たちが、それぞれの健康サークルを立ち上げてくれました。
中には、20年以上続いているサークルもあります。
現在もそのシニアのサークルを中心に健康体操の普及をしています。
幸せな好きな仕事で、ありがとうをもらえて社会貢献をする。
地域の皆さんが健康になり、それぞれが健康を意識して周りを巻き込んでくれる、そんな社会の共助が役に立つ、これが36年間指導してきた証、素敵な社会循環です。

そんな先輩のシニアに負けず
益々、私たちアラカン世代のこれからは、もっともっと健康に興味を持つと今まで以上に若々しいシニアになるでしょう。

著書「2.5%奇跡の命」

2011年に大切なひと(主人)を亡くして、大切な人(子供)を救ってもらった体験をもとに
2017年「2.5%奇跡の命」を出版しました。
http://inoueri.com 

自らの乳がん手術、家族の闘病から命の本質と人のつながりの大切さを学びました。
このどん底から救ってくれたのは、仕事で身体を動かすという事でした。
心と身体が繋がる事を、自らの経験が証明したような気がします。

その数奇な体験を通して得た「命の大切さ」をテーマにした講演活動も開始。
学校の先生向けの「命の授業」として、研修にも取り入れられています。

その時からメンタルや心理学も学びながら、脳の仕組みを知りました。
それは、身体を動かすことで感覚を研ぎ澄まし、自分の体の変化に気づくことが何より自分を大切にすることだと思います。
心と身体は繋がっているのです。

そんなこんなの経験から心と身体の感性を豊かにする運動伝道師として活動しています。